会社概要

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代表挨拶

群馬長石 御座入鉱山のホームページにお越しいただきまして、ありがとうございます。

昭和28(1953)年に祖父が珪石鉱山として開発を始めたこの鉱山は、昭和30(1955)年に採掘対象を長石に切り替え、祖父から父、そして私へと受け継いでまいりました。

祖父のころには日本には数多くの長石鉱山がありましたが、高級グレードの長石のみを採るといった偏った採掘や、そのときどきの社会情勢などにより、多くの鉱山が閉山へと追い込まれました。私も、片品村にあった金鉱山の突然の閉山を目の当たりにしました。鉱夫たちの嗚咽があふれ、山が閉まるときの寂しさは言葉にはできないものでした。その光景は今でもはっきりと憶えています。そして、そのときに感じたのです。地下資源の大切さと、鉱山が失われていくことの意味を。

そのようなこともあり、私がこの山を受け継いで心に決めたのは、乱掘はしないということでした。どんなグレードの長石にも息を吹き込んで、それぞれが活きる場所を作ってきました。これまで出荷できなかった下級グレードの長石は、砂状にすることにより製品として生まれ変わることが可能な仕組みを作りました。石の特性をつかみ、市場を模索し、ユーザーさんを探せば、どの長石も生きる場があります。

大量消費、大量生産は山の寿命を縮めます。日本は地下資源の少ない国です。だからこそ、この鉱山に眠っている地下資源は、この国に住む人たちみんなの財産だと思っています。安価な輸入品もたくさんありますが、やはり、この国のモノづくりを継承していくためには、自国で原料を生産できなければなりません。この山を守り、この山が持つ資源と可能性を守り、活かし、できるだけ寿命を延ばし、それを次世代へと引き渡すことが私に課せられた使命だと思っています。

最後に貴陽石について少し説明させてください。

日本ではこの山でしか採ることのできない「貴陽石」。この石は、偶然この山を訪れた方から勧められて、遠赤外線やマイナスイオン発生などの数値を計測したことで発見されました。「心身にとってこれほど良い数値を出す鉱石を人々のために役立てられないか」。そのような考えから、私はそれこそ私財を投げうって(妻は苦笑し半ば呆れながら、温かく見守ってくれています)、様々なエビデンスを取り、商品開発を推し進めています。

ぜひ多くの方に手に取っていただき、心身の健康に役立てていただければ本望です。

なぜなら、この貴陽石も、この国に住む人たちみんなの財産だからです。

合名会社 群馬長石
代表取締役 星野 本三

会社概要

商号合名会社 群馬長石
設立平成9(1997)年10月30日
所在地〒378-0406 群馬県利根郡片品村大字摺渕540
Tel. 0278-58-2551 Fax. 0278-58-4532
代表者代表取締役 星野本三
事業内容長石の採掘・加工・販売
貴陽石の採掘・加工・販売
貴陽石にかかわる商品開発および販売
有機農業向け土壌改良剤の販売

海外取引実績

中国 (上海、北京、大連、煙台、青島、天津、深圳 雲南省文山州文山市) / 香港 / 台湾 / タイ / フィリピン / マレーシア / シンガポール / ベトナム / カンボジア / インド / カザフスタン / ロシア(モスクワ) / 韓国 / モンゴル(ウランバートル) / イラン / ドバイ / アメリカ(デトロイト、カリフォルニア、ニューヨーク) / カナダ(トロント)

沿革

昭和28(1953)年珪石鉱山として開発
有限会社 御座入鉱山を設立
昭和30(1955)年採掘対象をソーダ長石に切り替え
昭和36(1961)年代表取締役を星野荘三から星野秀邦に変更(2代目)
岐阜県瑞浪市に出張所を開設
昭和38(1963)年日本板硝子株式会社向け第一粉砕工場を設立
昭和40(1965)年カリ長石鉱山を開発
昭和41(1966)年陶石鉱山を開発
昭和45(1970)年MALAYSIAN SHEET GLASS SDN BHD(マレーシアシートグラス)に輸出
昭和47(1972)年第二粉砕工場を設立
昭和50(1975)年第三粉砕工場を設立
昭和55(1980)年第一粉砕工場を改築し増産体制を強化
平成1(1989)年第四工場(水洗プラント)新設
平成4(1992)年第三粉砕工場を大改築し製品の多様化を図る
平成9(1997)年代表取締役を星野秀邦から星野本三に変更(3代目)
平成10(1998)年自社鉱山にて貴陽石発見。データ取りに着手
平成13(2001)年貴陽石商標登録出願
自社ブランド化粧品ドクタービフレ開発
平成14(2002)年海外市場への販路拡大に本格的着手
平成15(2003)年貴陽石商標登録
平成25(2013)年ミネラルスター商標登録
ミネラルスター販売開始
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